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『何か大切なものをなくしてそして立ちあがった頃の人へ』 2016.5

『猫と惑星に名前をつけようとしてくれた人へ』 2016.6

『The Feeling When...日常の中に生まれてくるある瞬間について』 2017.5

​ZINEリスト

​お取り扱い店舗(敬称略、順不同)


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​寄稿・参加

​『Lost & Found vol.4 ー同時代を旅する』2017.3 人間学工房発行

 → 人間学工房 Website(お取り扱い店舗:本屋Title)

2016.5.14 released
 
誰か大切な存在がいなくなってしまったあとの日々を、その人たちがくれていた光の中で生きているよ、という頃の心境をA〜Zのアルファベットから始まる詩で綴るイラスト詩集です。
英語の詩と、日本語で書いたらこうなるという日本語の詩両方を載せています。
 
28 pages
A5 size
800 yen + TAX

何か大切なものをなくして

そして立ちあがった頃の人へ

26 SONGS FOR SOMEONE WHO HAS JUST LOST SOMETHING NICE AND STOOD UP SOMEHOW

2016.6.26 released

名前のない感情や関係性を、何者にもなれないものとして捨てるのではなく、名前をつけようとすること、してくれた人がいたこと、そんな記憶を描いた、表題作含む6篇の詩と文章、イラスト。

本文20 pages
A5 size
800 yen + TAX

猫と惑星に名前をつけようと

してくれた君へ

2017.5.4 released

日常の中に生まれてくる「ある瞬間」。

本文36 pages
A5 size
800 yen + TAX

The Feeling When...

日常の中に生まれてくるある瞬間について

個展で配布したフリーペーパーや展示したエッセイの記録です

ESSAY/FREE PAPERS
個展『あなたがいつかそれを埋めてくれる前に』フリーペーパー
個展『日常の中に生まれてくるある瞬間について』展示エッセイ

日常についてTo belong to the living

この本を書いたそのルーツを辿ると、一番の源泉は、もう何年も 前に聴いたジョニミッチェルのAll I Wantという曲かもしれない。

「私はひとり 旅をしている それが何だかわからないけど 何かを探しながら」

「強くなりたい 一緒に笑いたい 生きていることを実感したい」

 

「もっと楽しみたい 太陽のように輝きたい あなたが会いたいと思う人でありたい あなたにセーターを編みたい あなたにラブレターを書 きたい あなたに自由を感じてもらいたい」

(抜粋・意訳 from jonimitchell.com)

1971 年に発表された、不思議な和音のイントロで始まるこの曲を聴き終わる頃には、止まらない涙が溢れていた。

 

「私はそれをしたい(I want to...)」という純粋な欲求。誰にも触 ることのできない、自分の内側から湧き上がる喜びを感じさせるような歌声と歌詞。苦しいくらいの涙だった。

 

当時、仕事や人間関係、自分自身、色んなことと折り合いがつけられずに、ただ疲れ果て、自分の手綱を手放さないように必死で、 いつも時間に追われ、時間をケチり、誰かに会う時間すら作る気に ならず、どこに行くにも一人で行動していた。自分自身でいられる大切な「土日」の時間を、誰にも分ける気にならなかった。日曜日の 夜は特に憂鬱で、家に帰りたくなくて終電の時間まで井の頭公園の ベンチにずっと座って夜の世界を味わい、結局終電を逃して歩いて 帰ったりした。建物の中で、いつも窒息しそうだった。夕焼けや外の 世界、自然、強烈に生を欲していた。この曲を聴いたのはその頃の ことだ。私が欲しいものがそこにあった。

 

"I Want to" という感情が溢れるような歌詞。私はもっと生きたい、自分の時間が欲しい、生きているんだから! その気持ちを代わりに全部歌われてしまったようだった。この上なくシンプルで、美しい言葉で。満たされない思いに手を差し伸べられ、そして強く柔らかく握り締められたような経験だった。

 

さて、日常とはなんだろうか? 一般論でも言葉の定義でもなくて、 あなたにとって。

 

私はいつも、自分はいつか死ぬような気がしている。と書くと、いったい何を、と言われそうだけど、そんな気持ちだ。

「メメントモリ」と言われるけれど、私はいつか確実にそれが訪れるならば、 そんなことはすっかり忘れていたい。

学生時代や、パーティーや、旅行や、留学の日々や、あらゆる期間限定の幸せ、つまり今のこの生活、今のこの人生がいつか確実に終わることを知っているから、それに終わりがくることなんて忘れて没頭していたい。そういう気持ちを誰にも言わずに持っている。

 

朝起きて太陽の光を感じること、友達と前約束なしにコーヒーを飲みに行くこと、今まさに過ぎ去ろうとしていることをそれを自覚しながら味わうこと、誰かに何かをしたいと思うこと、生産的であること、目覚めたまま生きること。

 

この本は、そんな「日常」への私の愛を詰め込んだものだ。最初はSNS でたまに見かける「#TFW/ #thefeelingwhen ( こういうことがあった時の気持ち)」というタグで、大体は憮然とした表 情や顰め面、あるいは大喜びをしているような画像を貼り付ける SNS 遊びを見て思いつき、言葉とイラストにして始めたものだった。  

 

「~な時の、あの感じ。」

日常の中で訪れた、「ああ、いいな」と思った瞬間は確かにあって、それを集めようと書き始めてみると、自分の記憶貯蔵庫には、思った よりもそんな瞬間がたくさんあったことに気づいた。

 

例えば、“ 「コーヒーでも飲みに行こうか」と夜、思い立って一緒に出かける あの時の感じ”というのは、イギリスに留学していた時代に味わって いた記憶だ。当時のルームメイトと、夕方、彼女と「ちょっとコーヒー を飲みに行こう」となってよく外にでかけたものだった。晴れた日の夕暮れ、坂道をくだる。オレンジ色に光る夕暮れの空の下で、冗談を言い合いながら私たちはただただ笑っていた。この「ちょっとコー ヒー飲みに行こう」という何気ない瞬間が何よりも好きだった。豊か さ、という気がした。何日も前に待ち合わせをしなくたって、思いつ いてふと外に出かけられる、あの自由さ。日本ではきっとそんなこと はできないだろうと思っていた。

 

そして、本当はそんなことはなく、いくらでもできる。美しいと思った瞬間にそれを写真に撮ろうとするように、歩いている間に思いつい たことを道端によけて立ち止まり無心にメモするように、どこか幼く 切実な愛おしさをもって試みるように集めてきた日々の記憶。必ずしも「快」な感情のものばかりではないけれど、それも全部、一度しかない人生で私が得てきた、宝物だ。書き終わる気がしなくて、私はずっとこのThe Feeling When を感じ続けていくんだろうなと思う。

 

「生きている実感」というものがあるのだとしたら、そういう「何か」 を感じる瞬間にだけ訪れるものだと思っていた。俳句や短歌、ポップミュージックの源泉、映画と役者が喚起してくれるもの、ある種の芸術がそれとなく描き出そうとしているもの。誰かに言葉で伝えようとすると一気に嘘っぽく薄っぺらく陳腐なものになりそうで、いつも言葉がなくなる。

 

そんな個人的な体験や感覚は分かち合えないと思っていたら、意外とそうでもない。

 

「ああ、こういう瞬間、俺にもあるな」

 

そう言ってもらえた時の気持ち、わかるだろうか。

 

あなたを喜ばせたどんな小さなこともきっといつか忘れてしまうだろうけれど、そんなことは忘れてただ喜び続ければいい。日記に書いたり、絵や歌や踊りにしてみればいい。誰かに話すだけでもいい、ただ覚えているだけでもいい。

あなたの日常の中に生まれてくる、あの瞬間について。

2017年5月4日 後書きにかえて 安達茉莉子